自殺を図る人を助けるという美徳について
朝、「仕事に行きたくなーい!」という気持ちでいっぱいの布団の中で見たネットニュースについて書きます。
人によっては、価値観によっては嫌悪感を感じる内容かもしれません。
先に謝罪しておきます。
読んだニュースというのは
”踏切内に自殺を図るために侵入した男性を助けた男性が表彰された”
というものでした。
自殺を図ろうとしたした男性は「死なせてくれ」とその場から離れようとしなかったのに、無理やり踏切の外に出して救い出したというもの。
抵抗する男性を必死に踏切の外へと出してすごい!みたいな内容でした。
私はそれを読んでなんだかとてもモヤモヤしました。
それは私自身、自分が生きているということに肯定しきれていないからなのかな。
自殺を図る気持ちってなったことがない人にはわからないかもしれないけれど、全てに意味が感じられず、そこしか逃げる場所がないって状態なんだと思います。
私も実際10月に体調不良でかなり仕事を休み、
会社からは「会社を辞めて療養してください」と言われました。
会社からしたら働けない社員を雇うメリットなんてないですもんね。
クビではなく自己都合退職をさせられました。
「また元気になったら連絡くださいね。そしてらまた働いてね」
と言われたけれど、自分が一番辛い時に放り出すようなことをした会社で仕事をしたいとは思えません。
その時、本当に体調が悪い期間はベッドから動けなかったけど、2~3週間すると外に出たり仕事を探して面接に行くまでに戻りました。
でも”仕事が決まらなかったら”、"こんな状態で普通に働けるのかな?"なんて不安になるともうすべてが嫌になってすごく孤独でした。
すごく自意識過剰かもしれないけれど、自分がいなくなって困ることは何もないですもんね。
いなくなった時に困ることはあるだろうけど。
遺品整理とか葬式の手配とかで迷惑をかけてしまうか・・・
すいません、自分語りがながくなったので本題に戻ります。
自殺をしたい人ってきっと止めて欲しいとか全然思っていないと思うんです。
すべてを終わりにして楽になりたいんだと思います。
先のことも考えたくないし、考えられないし、そうする以外に方法はきっとないんです。
いのちの電話とかあるけど、結局本質的な問題は解決してくれないですよね?
「お金がなくて住む場所もなくて自殺したい」って相談したらお金を貸してくれたり家住む場所を提供してくれるのでしょうか?
コロナの影響でそういう人たちが本当に増えていると思います。
政府や国にはそういう人達をきちんと救ってほしいです。
また話がそれましたね。
ようは、自殺を助けるという行動の先のことを考えていないですよね?
自殺を止める人たちは。
最後の逃げ場さえ奪われる。
止められた人はこれから先どうやって生きていけばいいんですか?
もう生きていくことは難しいと思ってその選択をしたのに。
それさえ止められてしまったらどうなるのでしょう。
自殺を言う選択をした時点である意味どこかしら死んでいるんです。
助けた人はそこまで考えていますか?
その人が死ぬという選択をしたことに対して阻止するのであればその人のその先にある人生まで責任を負えますか?
そんなことを考えていました。
私はきれいな人間ではないけど、弱い人の味方ではありたいです。